脳が自然に持つ再生能力の理解とその応用

大人になると、脳のニューロンは再生しません。これは血液や皮膚とは全く異なる性質です。そのため、脳虚血やアルツハイマー病などの病気はとても治療が困難です。しかし脳の中でも、海馬という記憶に重要な部分では、ごく僅かですが例外的にニューロンが毎日再生しています(Eriksson et al, Nat.Med., 1998). 私たちは将来、この脳が自然に持つ再生能力の仕組みを明らかにし、それを上手く利用することで、病気で失われたニューロンを再生する新しい治療法が開発できると考えています。

このためには、新しく生まれてくるニューロンが、どのような仕組みですでにある神経回路に組み込まれていくかを研究しています。最近私たちは、その研究の途中で、睡眠中に新しく生まれたニューロンが活動することが、記憶の定着に必要であることを明らかにしました(Kumar et al., Neuron, 2020,, 説明)). これはつまり、睡眠が新生ニューロンの機能的な組み込みにとても重要であることを示しています。そこで、私たちは現在、睡眠中にどのように新しく生まれてくるニューロンが、記憶の定着を促すかについて詳しく調べています。既に多くの新しい知見が得られており、それらが将来、脳の再生医学に貢献できることを期待しています。.

 

PTSDの病態の理解と新しい治療法の開発

記憶と睡眠の相互作用が一見壊れている様に見られる病気の代表に、心的外傷後ストレス障害(PTSD)が有ります。PTSDの原因の多くは、災害・事故や暴力・犯罪の経験とその記憶にあります。ネットの炎上で浴びせられる誹謗中傷などは、短期間のうちに何度も何度も強烈な言葉の暴力が与えられるのではないでしょうか?通常この様な経験の直後から急性ストレス障害という反応が起こります。急性ストレス障害には、トラウマとなった出来事が何度も想い出されたり、悪夢を見たりします。また不安や悪夢などで、睡眠障害などが良く起こります。テストの時の様に、覚えていたいのに覚えられないという状況とは真逆で、想い出したくないのに何度も何度もいやな記憶がよみがえり、そのたびに嫌な気分になります。経験が強烈すぎるのです。 この不安や悪夢などの症状が一ヶ月以上続き、日常生活に支障が出てくる様になると、PTSDと診断されます。

私たちは、この様な状態がどのような仕組みで起こっているかを調べています。PTSDの例から見て取れるように、強く鮮明な印象を伴う記憶は忘れません。PTSDに関する理解を深めて頂くためには、このリンク内のビデオををおすすめします。このビデオでは、ある勇気あるPTSD患者さんが、長期暴露療法(Prolonged Exposure Therapy)という治療法によって、トラウマを克服し、日常生活を送ることができるまでに回復したか、について語ってくれています。私たちは、PTSDの病態をより深く理解することで、より患者さんの精神的な負荷の少なくする治療法の開発ができると考えています。